銅像
屋外
徳島県立阿波十郎兵衛屋敷の中心には、阿波人形浄瑠璃の代表的な演目『傾城阿波の鳴門』の登場人物をかたどった銅像が建っています。この名作は、18世紀後半に近松半二(1725〜1783)らによって書かれた作品で、徳島に深くゆかりのある物語です。
物語は、主君から預かった宝刀を盗まれたため、その刀を探す旅に出ることを余儀なくされた十郎兵衛と妻お弓の悲劇を描いています。二人は幼い娘・お鶴を阿波(現在の徳島県)に残し、大阪で盗賊に身をやつして生きるうちに、次第に罪の道へと堕ちていきます。
成長したお鶴は、巡礼の旅に出て両親を探す決意をします。やがて大坂で偶然にも両親の家を訪ねることになりますが、本人はそれが自分の親の家であることを知りません。お弓は娘であることを確信しますが、自分たちの身の上が娘に災いを及ぼすことを恐れ、その思いを胸に秘めたまま「早く故郷に帰りなさい」とだけ告げます。お鶴が去る際に順礼歌を口ずさむと、お弓は抑えきれない思いで家から飛び出し、娘の名を呼びます。
この銅像は、母と娘――お弓とお鶴――の切ない再会の瞬間を象徴的に表しています。制作は彫刻家・樽谷清太郎によるもので、銅像のモデルは三代目市川福之助が務めました。屋敷の敷地中央に設置されたこの像は、阿波人形浄瑠璃の象徴として、その芸術と情感を永く伝える存在となっています。